『村松通力稲荷社』はこゆるり神社の本宮です
村松通力稲荷社の歴史を次代へ繋ぐ
このたび、三浦市三崎の地で古くより地域を見守り、親しまれてきた「村松通力稲荷社」は、その尊き伝統を継承しつつ、「こゆるり神社」として新たな社を整え、正式に再興の運びとなりました。
本宮の「村松」の名は、茨城県の村松虚空蔵尊に鎮座する「荼吉尼天尊(だきにてんそん)」の分霊をお祀りしていることに由来し、古くより「村松通力稲荷社」として崇敬を集めてまいりました。しかしその歴史はさらに深く、それ以前の遠き時代より、正一位稲荷大神璽としてこの地に鎮座していたとも伝えられております。
時の流れの中で、神道と仏教が溶け合う「神仏習合」の姿を今に留める当神社は、安土桃山時代の武将・小浜景隆の邸宅跡地という歴史的要所に位置しております。明治以降の神仏分離を経た現代において、日本古来の多様な信仰文化を伝える極めて希少な地域資源であり、三崎が誇るべき大切な文化的資産です。
この歴史的要所を再興する原動力となったのは、私の曾祖母・平川金蔵の三女として生まれたヱン(明治29年生まれ)が、ここ三崎の地で重ねた深い信仰の歴史です。
ヱンは、かつての三浦郡三崎町中﨑七拾七番地にて生まれ育った、生粋の三崎の人でした。この三崎の海と風に抱かれて生涯を歩んだヱンが、若かりし頃に重い眼病を患った際、このお稲荷さんの加護によって奇跡的に癒やされたという歴史がございます。
三崎町中﨑の地で救われたヱンは、心からの感謝と共に「このお稲荷さんを代々守り続けてほしい」と願い、その遺志は家族の絆を通じて大切に受け継がれてきました。
私たちはヱンの願いを胸に、このお社を護るための歩みを止めることはありませんでした。四代目である私、増田伸江は、この深い御縁と地域への報恩感謝のため、神職資格を取得。村松通力稲荷社の宮守として、祈りの道に身を捧げる決意をいたしました。
また、その想いは次代へと繋がり、五代目がお社の改修工事を手掛け、物理的にもこの聖域を次代へと繋ぐ盤石な基盤を整えました。この五代にわたる献身は、私たちの家族とお稲荷さんとの結びつきの強さ、そして地域への報恩の証です。
私自身もまた、祖母がこのお稲荷さんに子宝の願掛けをした翌年に生を受けた「授かり子」です。三崎の中﨑に生きたヱンの祈りに端を発し、五代にわたる奉仕を経て、今こうして新たな歩みが始まりました。
増田 伸江
Nobue Masuda
「神職の祈り」と「専門的な心理支援」の両輪で、
あなたの人生に寄り添います。
2025年9月より宮司に就任。認定心理カウンセラー・算命学鑑定・ヒプノセラピーなど多彩な専門性を持ち、神職としての祈りと心理支援の両面からお参りの皆さまに寄り添います。
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